木瓜影院

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特集2009年7月14日

加納裕二 国际金融公社(滨贵颁)インフラストラクチャー局 インベストメント?オフィサー~第2回 世银スタッフの横颜インタビュー

インタビューの前に参考资料として加纳さんから送っていただいた履歴书に目を通す。富山大学を出て日本兴业银行(现みずほコーポレート银行)に入行。その后、新潟の国际大学で修士を取得。みずほコーポレート银行ニューヨーク支店で二年半ほど勤めた后、国际金融公社(滨贵颁)に入社し、现在はインベストメント?オフィサーとして活跃している加纳さん。特に长い留学生活を送っているわけではなく、ファイナンスの専门家としてみずほに勤めるなど、滨贵颁ならではの経歴を持つ彼。そんな中、インタビューに现れた彼は、イメージと违ってとても丁寧で物腰の柔らかい方だった。とても落ち着いて话をする彼は、インタビューも佳境に入ったころ『こいつ元気なやつだなって思われたいから、筋トレとランニングをしてます。』と私たちインタビューアーを惊かせてくれました。

Yuji Kano

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1992年富山大学(経)卒业、日本兴业银行(现みずほコーポレート银行)入行。支店勤务の后、行费で国际大学(国际开発学)へ国内留学。修士取得后、本店プロジェクトファイナンス部及びニューヨーク支店で発展途上国の大型プロジェクトファイナンスを担当。2004年みずほコーポレート银行を退职し、世界银行グループ国际金融公社に入社。现在はインフラストラクチャー局の投融资担当官として、主に途上国の电力プロジェクトのファイナンスに従事。

アメリカへの憧れから、自分の力で留学を実现

生まれも育ちも富山県の高冈市なんです。初めてアメリカに憧れを抱いたのは、高校生のとき。バスケにのめり込み、いつか憧れのアメリカに行って本场のバスケを见て、英语も话せるようになりたいと思っていました。大学の最初の2年间はアルバイトでお金をためて、アメリカのインディアナ大学に一年间留学したんです。留学に向けて働いてばかりいたので、授业にはあまり出なかったし成绩も悪かったけど、英语だけはしっかり勉强しました。自分で苦労して稼いだバイト代を使っての自费留学だったので、留学中の授业は真剣に闻きましたね。こんなに勉强したことはないってくらい勉强して、いろんな人と知り合って、生まれて初めての海外であるアメリカにたくさんの刺激をもらいました。

海外大学院への留学の代わりに得たものは…

留学中に「勉强も面白いものだな」と思い、帰国后は大学でもちゃんと授业に出て“优”をとるようになりました。そうして兴味を持った日米学生会议のようなものに参加するために、东京に行く机会が増えたんです。思えば、そこでの出会いが僕にとってはすごく重要でしたね。考え方や生き方が国际的な人たちばかりで、とても刺激的な时间を过ごせました。中でも一番面白いなと思っていた先辈が入行することになったのが、兴银に兴味を持ったきっかけです。就职については、漠然と海外に行けそうな仕事を、と思っていましたが、その先辈たちの话を闻いていると「商社よりも兴银のほうがおもしろいかな」と。决め手になったのは、兴银は入行した人数に対して海外に留学できる人の割合が15%と高かったことです。それを狙って入ったのに実际は留学できなかったんですよね。代わりに二年间行かせてもらったのが、新潟の山の中にある国际大学というところ。この学校、かなりユニークで生徒は日本人が半分、外国人が半分。公用语と授业は全部英语なんです。交换留学でアメリカのブランダイス大学にも行きました。ここで取得したのは开発学の修士です。开発学を勉强したので、それを生かせそうな仕事として、银行に戻ってからプロジェクトファイナンスをやりたいと思うようになりました。时々东京の人事部に颜を出して、人事担当者に大学院が终わったらプロジェクトファイナンス部に行きたいってお愿いをすることができたのは留学をしなかったおかげですかね(笑)。その甲斐あってか、修士プログラム终了后、见事にプロジェクトファイナンス部に配属されました。

日本での职务経験が今に活きています

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みずほ银行プロジェクトファイナンス部での経験は、今の滨贵颁で100%活きています。滨贵颁で必要なスキルは、みずほで必要だったスキルとほぼ同じなんです。政府の保証はあるのかどうか、キャッシュモデルでの厂别苍蝉颈迟颈惫颈迟测(悪いケースの例)はどうなのか、等を考え判断するスキル。クライアントとの交渉もまったく同じです。物事を论理的に説明すること、相手と信頼関係を筑くこと、等、みずほで学んだことが今の仕事に非常に役立っています。

大きく违うことといえば、プロジェクトの内部承认手続ですね。滨贵颁は世界中から注目されている国际机関だとということもあり、プロジェクトの承认までのステップとそれにかかわる人の数はみずほのときとケタ违い。お客さんに関して言えば、みずほの时はグローバルな大公司が多かったのですが、IFCでは大公司の他に、発展途上国の现地公司との仕事も多いんですよ。そのため、时にはあまりファイナンスのことをよく知らない人达とも仕事をしなければならないことがあります。医疗と教育の部门で関わったプロジェクトなんてお客さんが民间の病院だったために、お医者さん达にファイナンスの话をしていましたね(笑)。

「常にしゃべり続けている」その理由

滨贵颁に入って実感しているのは、高いコミュニケーション能力が求められるということですね。日本の会社では大体みんなバックグラウンドが一绪だから、あまり説明しなくても阿吽の呼吸のように、共通の认识や考え方があるわけです。ところが滨贵颁の场合は、みんな国籍も违えば生まれ育ったバックグラウンドも违うので、常にしゃべり続けていないと相手が何を考えているか分からない。同僚の间でもそうだし、クライアントとの间でもそう。同僚といっても案件ごとにチームを组むでしょ。そうすると初めての人たちが集まるから、いちいち自分がどうやって进めていきたいかを説明しないといけない。正直、结构疲れますね(笑)。

「体を锻えてコミュニケーション」のススメ

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日本人というかアジア人は体が小さい人が多いでしょ。ただでさえ体の大きさで负けているのに、运动能力もなかったら対等に话ができないんじゃないかと思って。僕が运动しているのには、そんな理由もあるんですよね。筋肉があったり运动ができると「お、こいつちょっと违うな」という目で见てくれる気がするんです(笑)。国际机関の会议等で欧米やインドの人达との议论に気合负けしないためには、话す内容もさることながら、よい姿势で堂々と话すことも大事なことだと僕は思っています。

日本人で国際機関を目指している人達は優秀な人が多いし情熱もある。ただし、それに加えて高いコミュニケーション能力と明るさと積極性がないと入ってから苦労すると思います。そういう部分がないと、次のプロジェクトへの声がかからない。一緒に仕事していて楽しい人、というのがIFCにおいてはとても重要なポイントです。"How are you? "って言われたら、疲れていても笑顔で"Perfect!!!"って言い、できればジョークの一つも言わないと(苦笑)。それがこちらでは普通。こういうのって、特に勉強ができる人が苦手な傾向にありますよね。国際機関や途上国で働きたいと思っている人は、今から極力いろんな人としゃべって、社交的になることを心がけるといいと思います。運動しないで勉強や仕事ばかりしてると、声がか細くなってきたり、説明してても自信がなくなってきたりね。だから、運動をして、自信を持って、胸をはって。

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